正直に言うと、
「辞めたい」と思ったことが一度もなかったわけではない。
むしろ、
辞める理由なら、いくらでもあった。
睡眠は足りず、
常に誰かの目があり、
一つのミスで全体に迷惑がかかる。
精神的に追い詰められていく環境の中で、
「ここまでして続ける意味はあるのか」と考えたこともあった。
それでも、
自分は折れなかった。
支え①「同じ目をした同期の存在」
一番大きかったのは、
やはり同期の存在だったと思う。
言葉を交わさなくても、
顔を見れば分かる。
「今日もしんどいな」
「正直、限界だな」
そんな感情を、
お互いが察していた。
声をかけ合うことはできなかったが、
同じ時間を、同じ緊張の中で過ごすことで、
自然と気持ちは通じ合っていた。
それでも、
「一人じゃない」と感じられたからこそ、
翌日も立ち上がることができた。
支え②「神」と呼ばれた人たち
この環境の中には、
例外的に“救い”のような存在がいた。
先任期の中に、
教官の中に、
ほんの一部だが、
こちらを人として見てくれる人がいた。
その人たちは、怒鳴らなかった。
理不尽な指導もしなかった。
ただ、
「今はきついだろうけど、意味はある」
「ちゃんと見ているぞ」
そう、静かに声をかけてくれた。
この一言が、
どれだけ心を軽くしたかは、言葉にできない。
支え③「ここまで来た」という事実
もう一つの支えは、
意外にも過去の自分だった。
浪人時代の孤独な勉強。
試験前の不安。
合格発表の日の震える手。
あの時間を思い出すたびに、
「ここで辞めたら、全部無駄になる」と思えた。
誇り高い理由ではない。
逃げたくないという、
ただの意地だった。
それでも、その意地が、
自分を前に進ませていた。
折れなかった理由は、強さじゃない
今振り返って思う。
自分が折れなかったのは、
強かったからではない。
支えが、たまたまあったからだ。
同期、
優しい先輩、
過去の自分。
どれか一つでも欠けていたら、
結果は違っていたかもしれない。
この環境が教えてくれたこと
この時期を乗り越えたことで、
自分の中に残ったものがある。
それは、
「限界の中でも、人は前に進める」という感覚。
そして、
誰かの支えになる一言の重さを知ったことだ。


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