厳しい環境の中では、誰かがたった一つ、ささいなミスをしただけで、
凄まじい勢いの指導が入る。
その指導は、決してその人一人で終わるものではなかった。
「次に同じことを起こさないために」
そう言われながら、対策は同期全員で考えさせられる。
この場所では、個人のミスが、集団全体の問題になる。
厳しい環境で固定化されていく「指導される同期」
当然、この環境には向き不向きがある。
そのため、指導を受ける人間は、次第に固定化されていった。
本人は、間違いなく全力でやっている。
それは、近くにいる同期だからこそ分かる。
それでも、なかなか改善しない。
仮に一つ改善できたとしても、
次は別のところで指導を受ける。
結果として、
同じ同期が、何度も指導を受ける構図が出来上がっていった。
助けられない現実と心の葛藤
弱っていく同期を見て、
何も感じなかったわけではない。
助けたい気持ちはあった。
だが、どう助ければいいのか分からなかった。
具体的に手を差し伸べる方法は、
この環境には存在しなかった。
正直に言えば、
「なぜできないんだ」
と心のどこかで思ってしまったこともある。
その感情を抱いてしまった自分を、
後になって何度も責めることになる。
一人、また一人と辞めていく仲間
そんな状況が続く中で、
ある日、その同期は静かに辞めていった。
多くを語ることはなかった。
理由を詳しく聞くこともなかった。
聞いてはいけない空気が、
そこにはあった。
それからも、
一人、また一人と、同期が減っていった。
誰かが辞めるたびに、
この場所の現実が、よりはっきりと見えてくる。
楽になった自分と、消えない後悔
同期の人数が減るにつれて、
指導される回数は確かに減った。
少し、楽になった。
それは紛れもない事実だった。
だが同時に、
これで本当によかったのかという思いが、
何度も頭をよぎった。
誰かがいなくなったことで、
自分が楽になっている現実。
そのことを、
どこかで喜んでしまっている自分がいた。
後になって思う。
どうしてあのとき、
もう少し違う関わり方ができなかったのか。
その答えは、今でも出ていない。
ただ、後悔だけが静かに残っている。


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